- 日記・・・日々の出来事や感想などの記録のことを日記という。
日記は現在の主観的自己(一人称)から現在の客観的自己(二人称)又は将来の客観的
自己(二人称)に宛てたメッセージである。
その日に体験した生々しい出来事や喜怒哀楽の感情を二人称の自分にぶつける、語りかける、 懺悔する、相談する事がメッセージの内容となる。又、現在の自分の思い、感情を将来の自己を
二人称として名宛人とする、アルバム的メッセージの内容ともなる。日記作成のポイントは現在の 自分の気持ちを(一人称として)過程なく素直に正直に書くことである。
- 手紙・・・用事などを記して他人に送る文章のことを手紙という。
自分の真心を相手に届けるのが手紙。(手紙は相手と心の握手)
入試問題の一例
『友人のA君が交通事故にあって、三ヶ月の重傷を負って入院した。
見舞いの手紙を書きなさい。』
本問A君の性格、身分(学生か否か等)、事故に遭った状況は問題の性格上描かれていない。
その意味でこの問題は抽象的である。こういった問題は例えば自分の身近にいる親友の性格を
具体的に記述するのがよい。(例:君はあわて者だから・・・云々)
その親友が生々しい事故によって入院した時、自分だったらどうするか見舞いの言葉をかける
以外に毎日の授業のノートを見せる、部活は君の分も頑張ってやるといった具体的な思いやりを
心を込めて書くこと。
このような具体的な文をイメージ豊かに書くことによって初めて生き生きとした心の通う
(血の通う)手紙を書けるようになる。
ラブレターを書き続けると手紙の書き方が上手になると云われるのは、相手の気持ちを具体的に 思いやる優しい気持ちが手紙に血を通わせることになるからである。尚、手紙は起承転結の順に
まとめるとメリハリがきいて文章は鮮やかに展開するようになる。
- 作文・・・文章をつくることを作文という。
作文には夢を語る型と感動を語る型が典型例として扱われる。大きな希望や感動を感性豊かに
存分に書ける。
夢を語る型は前述(総論6〜9)したからここでは感動を語る型について述べる。
まず小学2年生の書いたこの作文[クリックしてください」を読んで下さい。(感動しますよ!)
この作文は事実を淡々と述べているだけである。なのに読者に大きな感動を与える。ここに
事実の中の動かし難い説得力がある。(存在論的基礎の重要性)更に重要な事は事実を見つめる少女の
優しい思いやりがあるがその思いやりを背伸びせず子供らしく素直に表現している。素直な表現の中に
私達に行間をイメージさせ感動させる、豊かな感性をこの少女は持っている。
ただ皆がこのような大きな出来事に出会うわけではない。では大きな感動でなければ作文は書けない
のだろうか。
思うに感動を語る作文といってもその感動は日々起こり得る小さな感動でよい。
小さな出来事に感動してそれを表現できる鋭い感受性があるのか?豊かな表現で語れるのか?
・・・入試の試験管はそれを見ている。
あなたは今後推薦入試等で出題が予想される次のような類の問題を感性鋭く、イメージ豊かに
語れますか?
例1:『仏像はなぜ半分目を閉じているのですか?』
例2:『お地蔵様はなぜ幼い顔をしているのですか?』
例3:『虹はなぜ7色に分かれているのですか?また煙は追いかけられるとなぜ逃げるのですか?』
科学的な説明と、イメージ的な説明をして下さい。
- 読書感想文・・・読書して心に浮かんだ思いを述べる文章を読書感想文という。
読書感想文の本質は登場人物と対話(心のキャッチボール)をすることにある。
対話(心のキャッチボール)をしながら、縄をなうように書き進めるのが効果的である。
対話をする度に、登場人物と(心の)座標軸を転換して相手の心の中に入り込まないと、読書感想文がただ自分一人のつぶやきなってしまう。
また行ったり戻ったりの感想文をよく見かけるが、これを防ぐためには時系列に沿って書き進めるのが効果的である。
読書感想文を書く前に(読書の時から)登場人物の気持ち、行動、周囲の状況をしっかりイメージしながら読み込むことが大切である。
感性豊かな読書は、イメージ豊かな読書感想文を感性させる。
- 論文・・・論文とは論策を記した文のことである。
- 日記、手紙作文、読書感想文、説明文等と違って、主張と帰結(結論)、論理展開がなくてはならない。
- 主張と論理展開に他人の言葉を借りてきて書くと文章が死んでしまう。
あくまで自分の頭で考え、自分の口(手)で生き生きと表現すること。
- 論理展開には筋が通っていなくてはならない。
他人の言葉(説)の寄せ集めだと、論理がチグハグになることが多く、また行ったり来たりで論説が通らなくなってしまう恐れがある。
- 論文を書くためには、日頃から物事を観察するトレーニングをし、洞察力を身につける必要がある。